小説「チャックま と出会った日」

この物語を広めていくために、ご協力いただける出版社様を探しております。原稿のブラッシュアップに協力してやろう、出版を考えてみたいなど、ご検討いただけるようでしたら一度お話しをさせていただけたら幸いです。お気軽にお問合せページからご連絡くださいませ。

■プロローグ

「おかあさん、おかあさん」その小さなくまが隣に座る大人のメスぐまに話しかけました。
「おかあさん、いまボクが踏んじゃったこの虫さんは何で動かないの?」
「それはね、コグマ。この虫さんはもう心がこの体から出ていっちゃったからだよ」
メスのくまはやさしい声で小さなくまに答えました。
「おまえのその手が動くのも、足が野原を駆け回るのも、みんな心がそうしようと思うからでしょう?その心が体から出ていってしまったら、もう体は動かなくなってしまうんだよ」
「じゃあボクたちの心もいつか体から出ていっちゃうの?出ていった心はどうなるの?」
「大丈夫だよ、心は体から自由になるだけで、いつでも近くで見守っているからね」

■コグマ その1

アツギの山の奥深くに、周囲を森に囲まれた小高い丘がありました。高い山並みが向こうの方に見渡せて、その手前には近くの小川に通じる小さな滝が見えます。足元には草が生え、フカフカのみどりの絨毯のようです。春にはところどころにレンゲソウが、ピンクのかわいい花を咲かせました。

その丘に一匹の小さいくまが住んでいました。その子供のくまには、まだ名前はありませんでした。(なぜ名前がないのか知りたければ、あなたのお父さんに聞いてみるといいでしょう。きっと知っているはずですよ。)名前がなかったから、他の多くの子どものくまと同じように、単に〝コグマ〟と呼ばれていました。
コグマは好奇心が旺盛で、小さな虫の一匹一匹、大きな樹の一本一本の、様々なことが不思議でしかたありませんでした。ある日はお日さまが何なのかを知りたがり、またある日は風が吹くのはなぜなのか知りたがりました。そうやって、まだ小さなコグマはすごいスピードでいろんなことを勉強していったのでした。

もちろんコグマにはお父さんとお母さんがいました。コグマは一人っ子だったので、三人家族です。

厳しいところもあるけれど、たいがいはとっても優しいお父さんは狩りの名人。身体が大きいこともあって、川に行けばひと掻きで大きなシャケを岸に放り投げる、といった具合でした。ですから他のくまの一家が食べ物が取れずにお腹をすかせていても、コグマが腹ペコになることはありませんでした。
そして時々、コグマを抱き上げては高い高いをしながらぐるぐる回りました。まるで大空を飛ぶ鳥になった気分で、コグマはそれが大好きでした。だからそれを「鳥ごっこ」と呼んでいました。お父さんが食べ物を獲って返ってくると、毎回コグマは「鳥ごっこ」をおねだりしました。そしてお父さんはどんなに疲れていても、喜んで「鳥ごっこ」をしてあげるのでした。

お父さんに輪をかけて優しい上に、物知りなお母さんはコグマの一番の先生でした。コグマが何を訊いても、知らないことはありませんでした。虫や動物や草や樹のことはもちろん、お日さまは空にまあるく開いた穴で、そこから暖かい空気がこの世界に降り注いでくるのも知っていましたし、風が吹くのは空に浮かぶ雲が〝ふいご〟のように空気を吹き出すからなのだということも知っていました。
コグマは、仰向けになったお母さんのお腹の上に寝そべってお話を聞くのも大好きでした。お母さんのお話の多くは楽しくて面白いお話でしたが、時には怖い話もありました。「あなたのおじいさんは人間の里に近づきすぎて、鉄砲で撃たれて死んでしまったんだよ。人間たちはひ弱な生きものだけど、なるべく近づかないのがいい。近づかなければ向こうも襲ってこないからね」そんな話を聞いた夜は、コグマはお父さんとお母さんの間に入って、二人にピッタリと体をつけて寝るのでした。

コグマが生きていくのに一番大事なのは、狩りのしかた。「食べ物の獲り方を覚える」ことです。何しろお父さんとお母さんは、どんなに長生きしていても必ずコグマより先に死んでしまうし、コグマがおとなになった時には食べ物をいかに確保できるかで結婚相手の良し悪しも決まってしまうのです。他のほとんどのくまより狩りが上手いお母さんと、それよりも更に上手いお父さんの手ほどきを受けているのですから、早晩コグマも他の誰よりも上手くなるに違いありませんでした。
とは言え、今はまだまだ初心者です。体を使う狩りは、頭だけの知識のようにはすぐには身につきません。たまにお父さんの狩りについていっても、何一つうまく獲れず、コグマはいつもがっかり。そんな時お父さんは、コグマに隠れて軽く踏んづけたトカゲをそっとコグマの横に置いてあげました。お陰でコグマは最後にはお母さんへのお土産を捕まえて、意気揚々と笑顔で帰ることができたのでした。

こんな風にコグマの毎日はまるで宝石箱のようにキラキラしていて、どっしり地に足がついていて、永遠に続いていくかのように見えました。

■チャックま その1

その世界のことは、いまのところ誰も知りません。地球上のどこを探しても見つかりませんし、そんなことは無理ですが宇宙中を探したとしても見つからなかったはずです。でも確かに存在しているんです。(そんな世界が実は無数にありました。もしかしたらみんながおとなになる頃には、普通に行くことが出来るようになっているかもしれませんね。)

その世界は「チャック界」と呼ばれていました。チャック界は、今みんなが生きている「この世界」とは少しだけ様子が違っていました。木があり森があり川があり湖がある、そんなところは「この世界」と何ら変わりません。でも木の葉にはチャックがついていて、真ん中から開けることが出来ました。お家の玄関は扉じゃなくてチャックになっていて、そこからみんな出入りしていました。そしてチャック界の住人、チャック族にもチャックがついていました。

住人と書きましたが、チャック族たちは人間の姿はしていませんでした。みんな動物の姿をしていたんです。しかも、なぜか「この世界」の動物にそっくりでした。犬や猫、牛や馬、熊やパンダ、そんな姿です。でもみんな二本足で立ち、言葉をしゃべり、手を使って様々なことができました。姿は「この世界」の動物たちそっくりでも、生活している姿はこの本を読んでいるみんなと何ら変わりません。だから住人と呼んでも、おかしな感じはしませんでした。

そんなチャック族たちは、毎日何をやっていると思いますか?だいたいチャック族の一番の仕事は『ゴミ拾い』と決まっていました。拾ったゴミを、自分のお腹のチャックの中にしまうんです。チャック族のおとなは自分たちのペースに合わせてゴミ拾いをします。だからチャック界はチリ一つないきれいな世界でした。しかし逆にいえば、それでは仕事になりません。もうずいぶん長いことチャック族たちは、チャック界以外の世界にも出掛けていってゴミを拾うようになっていました。

「じゃあ行ってきまーす…」
家の玄関のチャックから今まさに焦って飛び出したのは、チャック界の住人の一人〝チャックま〟です。名前の通り「この世界」の熊にそっくりな姿をしていました。正式な名前は「チャックま246世」と言うのですが、面倒くさいので友だちはみんなチャックま としか呼びませんでした。チャックま はおとなでしたがまだ若くて、お父さんお母さんと一緒に住んでいます。そろそろ独立しなければならないのですが…引っ込み思案でちょっと臆病なチャックま は、思い切ることが出来ずに実家ぐらしが続いていました。

「ごめん、待った?…」
「遅いんだニャー!」
「大丈夫、大丈夫。オレもファスニャンもいま来たところだよ」
待ち合わせ場所で合流したのは友だちのジッパンダとファスニャン。ジッパンダは「この世界」のパンダにそっくりの姿で、チャックま とだいたい同い年。性格はチャックま と正反対で、自信に満ちていて何でも上手くやることが出来ました。ファスニャンは少し年下で、猫にそっくり。喜怒哀楽が激しいファスニャンは、身体は他の二人に比べて小さいのに大食らい。好き嫌いなく何でも食べる食いしん坊です。三人はだいたいいつも一緒に過ごしていました。

三人はおとななので、遊びもしますが仕事もします。チャック族のご多分に漏れず、三人の仕事はゴミ拾い。チャック界で見つかるゴミはほんの僅かなので、若くて元気な三人はいつも違う世界へと向かい、ゴミを拾っていました。

今日もある世界にゴミを拾いに来た三人。三人で拾っていると、その周りはあっという間にキレイになってしまいました。

「そろそろこの辺りはいいんじゃないかな。また違うところに行くか」
目についた最後のゴミを拾うと、ジッパンダが言いました。
「ゴミが少ないとあっという間に終わっちゃうねぇ。拾うゴミがたくさんある世界に行こうか…」
チャックま が言うと、ファスニャンも
「それいいニャン!もう世界から世界に渡り歩くのも面倒くさいんだニャー」と言いました。
三人は、次に行く世界のことを念じ始めました。

■コグマ その2

相変らずコグマたち三人一家は毎日楽しく過ごしていました。お父さんのお陰でコグマの身体はしっかりした体型になりつつありました。お母さんのお陰でコグマは相当な物知りになっていたんです。狩りについてはちょっとだけ遅れていましたけど、それはナイショです。

ところがその三人の生活は、ある時を境に徐々に変わっていきました。

一つの兆候は、遠ーくに見えた一本の巨大な赤い線でした。それに一番に気づいたのはコグマでした。
「おかあさん、おかあさん、あれはなに?」
「さぁ…どうも自然のものじゃなさそうだね」
よおーく見ると、それは鉄の棒が組み合わさったものでした。そう、大きなクレーンだったんです。この自然いっぱいの気持ちのいい丘にも、いよいよ人間の開発の手が伸びてきたのです。

それ以来、徐々に近くで取れる食べ物が少なくなっていきました。

狩り上手のお父さんと言えども、食べ物に出会える回数が減ってしまってはたくさん獲ってくるのは無理でした。いつしかお母さんも一緒に狩りに出かけるようになり、それでも前みたいに食べきれないほど持って帰ってくることはなくなってしまいました。
「お母さん、こまったねぇ。コグマはこれからますます身体が大きくなって、食べ物がたくさん必要になっていくのに」
「本当ね、お父さん。今までよりも少し遠くまで出かけていかないといけないかもしれませんね」
「こんなに気持ちのいい丘は他にはなかなかない。できれば引っ越しはしたくないものなぁ」

仕方なく二人は、丘から少しずつ遠くの猟場まで出かけていくようになりました。そしてそれはつまり、おじいちゃんを殺した人間たちが住んでいる場所に少しずつ近づいていくということだったんです。

■チャックま その2

チャックま たちは時空を飛び越え、新しい世界にやってきました。
「さてさて、ここはどんな世界かな?」
ジッパンダがつぶやきながら周りを見渡します。
「木がたくさん生えていて、草も生えていて、緑がいっぱい。空が青くて太陽が照っていて、なんだかとっても気持ちがいいニャー!」
どうやらファスニャンはこの世界が気に入ったようです。
「ゴミがたくさんある世界を念じたのに、あんまりありそうに見えないねぇ…」
チャックま は少し不安そうに言いました。だいたいにおいてチャックま は心配症でしたからね。
「まぁ確かに気持ちがいい世界だし、仕事のことは少し忘れてちょっとのんびりしてもいいんじゃないか?」
ジッパンダもこの世界がまんざらでもない様子です。そこで三人は日当たりが良くてふんわりと草が生えている広場に寝そべって、しばしまどろみました。

みんなもう気づきましたか?そう、チャックま たちが飛んできたのは、みんなが生きているこの世界だったんです。確かにこの世界では、毎日毎日大量にゴミが生まれているので、チャックま たちは仕事のし甲斐がありそうです。でもたまたま山奥のど真ん中に降り立ったために、ゴミが少なかったんですね。

「ふあぁ、さてそろそろ遊びながら少し仕事をしようか」
ジッパンダが言うと、他の二人ものそのそと起き上がりました。
ゴミ拾いだけやっていてもつまらないので、遊びながらゴミ探しするのが三人の習わしだったんです。
「明るいうちに少しゴミ探しをしてみよう」
気持ちのいい日差しの中、三人はしりとりをしながらトコトコ歩き始めました。

「すもう」
「ウェア」
「また〝あ〟なのかニャー!…あ、あ、」
きれいな森の中を通りかかると、ファスニャンが声を上げました。
「あんなところにゴミがあるニャ!」
見ると木の根元に、人間たちがピクニックでもした後のゴミでしょうか、コンビニのレジ袋に入ったお惣菜の空容器が放置されています。ファスニャンはそれを拾うとお腹のチャックの中にしまいました。
「何でこんなに気持ちのいい場所にゴミが落ちているんだろうねぇ…」
チャックま たちは疑問に思いました。三人には気持ちのいい場所をゴミで汚して平気な感覚がわかりませんでした。
「あ、あそこにもあるぞ」
今度はジッパンダが茂った木の間から壊れた電気釜の残骸を引っ張り出してきてお腹にしまいました。
「ボクも見つけたよ」
チャックま は木の枝の間に引っかかっていたボロボロの紙ヒコーキを背伸びして掴むとお腹に入れました。
こうして三人は、最初はただきれいなだけに見えた山の中で、次々とゴミを見つけては片付けていきました。

しばらくそうして歩き回った後、三人は通ってきた場所を振り返りました。徐々に日が傾いてきた時刻、ゴミがなくなった森や草原や川は、最初に見た時以上に夕日に照らされてキラキラと輝いていました。いろいろな世界を見てきた三人でしたが、こんなにきれいな光景を見たのは生まれて初めてでした。

「………」
三人は言葉もなく(おしゃべりなファスニャンですら一言も発さず)その風景を見ていました。そのうちだんだん誇らしい気持ちになってきました。今見ている美しい風景は、自分たちがゴミ拾いをしたお蔭で余計にキラキラ輝いているのだ、と思ったからです。こんな気持ちになったことは、今まで一度もありませんでした。

三人はいつも仕事だからと思ってゴミ拾いをしていました。それに疑問も感じなかったし、嫌だと思ったこともありませんでした。他の世界ではゴミを拾ってきれいに片付いても、美しくなったとは感じません。整理はされても、美しさを感じるような場所はありませんでした。
三人は思いました。この世界をもっときれいにしたい、美しくしたい、と。

「あれ、あそこに何かがいるよ」
ふいにチャックま が川岸の辺りを指さしました。
そこに倒れていたのは、一匹の小さなくまでした。

■コグマ その3

その日、いよいよコグマのお父さんとお母さんはかなりの遠出を決心しました。獲り溜めてあった食料もずいぶんなくなってしまったので、梅雨の時期を目の前にもう一度しっかりと食料を獲ってこようというのです。

早めの昼食をコグマと三人で一緒に食べると、お父さんとお母さんは出かける支度をしてコグマに言いました。
「いいかい、コグマ。一人でいる時は絶対に丘から出てはダメだよ。お父さんとお母さんは夕食の時間までには戻ってくるからね。おとなしくここで待っておいで」
そうして二人はコグマを置いて出かけていきました。

ところでコグマは最初に言ったようにとっても好奇心が旺盛でした。狩りの時にお父さんについていく以外、ほとんど丘から出たことがなかったコグマは、外の世界についてもっと知りたくて仕方ありませんでした。
「おとうさんとおかあさんの後をついていけば、一人で出たことにはならないぞ」
そんなふうに一人合点して、お父さんとお母さんの後をついていくことにしました。もちろん二人に気づかれたら追い返されてしまうので、こっそりと、です。

お父さんとお母さんは、あのクレーンが見える方と逆の方に歩いていきました。もちろんクレーンに近づけば人間たちがいると思ったからです。でも今の時代、どの方向に向かっていっても人里から遠ざかる、なんてことはあまり望めないのです。

お父さんとお母さんはまず、臭いで異変に気づきました。そう、人間の臭いです。引き返そうかと思いましたが、食べ物の匂いも強くなってきたので、危険を承知でもう少し進むことにしました。周囲を見渡しながら少しゆっくりと進みます。
「おや、あそこに牛がいるぞ!」
お父さんが言って遠くの方を指さしました。牛一頭あれば食べ物に関してはずいぶん楽になりそうです。二人は顔を見合わせて、喜んで牛に向かって走り出しました。

コグマはゆっくり歩く二人にそーっとついてきましたが、二人が急に走り出したのでびっくりしました。慌てて後を追いかけましたがコグマの足の速さでは大人の速さには全くついていけません。アッという間に二人は見えなくなってしまいました。

「おとうさん、おかあさん…どこにいったの?」
コグマの胸は不安でいっぱいになりました。このままでは丘に帰る道だってもうコグマにはわかりません。
「とにかく見つけないと」
コグマは気を取り直して、二人が見えなくなってしまった方に向かって走り出しました。
『バン!』
『バン!』

その時、まさに走り出したその方角から大きな大きな音が聞こえました。しかも2回も。その音の大きさと、何よりもその恐ろしい響きに驚いたコグマは立ちすくみました。そして改めて周りをキョロキョロ見渡しながら恐る恐る音の聞こえた方に歩いていきました。

するといきなり広場が現れました。コグマは本能的に身を隠す場所を探して、大きな木の陰に隠れました。そして広場をのぞき込みました。
そこにはお父さんとお母さんが寝転んでいました。よろこんだコグマは、思わず駆け寄ろうとしました。
しかし二人の周りを何人かの人間が取り囲んでいるのに気づいて、慌てて踏みとどまりました。中には黒光りするライフル銃を持っている人間もいました。

よくよく寝転んでいるお父さんを見てみると、顔はコグマの方を向いているのに全く表情が変わりません。お母さんは空の方を向いていましたが、同じく身動き一つしません。そして二人とも首の周りに血糊がべったりとついていました。

『おかあさん、いまボクが踏んじゃったこの虫さんは何で動かないの?』
『それはね、コグマ。この虫さんはもう心がこの体から出ていっちゃったからだよ』
コグマの周りで時間が止まったようでした。コグマはお母さんとのやり取りを思い出していました。
「お父さんもお母さんも、踏まれちゃったんだ…もう心が体から出ていっちゃったんだ。あそこにある体はもう動かないんだ」

コグマはずっと見ていたいお父さんとお母さんから必死に視線を外すと、森の奥に向かって一目散に走り出しました。
「もうボクにはおとうさんもおかあさんもいないんだ」
「もうボクはこれから一人で生きていかなきゃいけないんだ」
そんな思いがコグマの頭をぐるぐると渦巻いていました。お父さんとお母さんを殺した怖い人間たちから、そしてそんな思いから逃げるように、コグマはいつまでも走り続けました。

もういつもの丘の場所も全然わかりません。たとえわかってもお父さんとお母さんがいないのでは結局どうしようもないのです。コグマは全力で走り続ける以外のことは何も考えられなくなりました。

いったい何十分、いや何時間走り続けたのでしょうか。コグマは目の前を川が横切っている場所に出てきたところでついに立ち止まりました。元気なコグマもさすがに肩で息をしていました。体の疲れから頭の中は真っ白になっていましたが、今のコグマにはその方が良かったのかもしれません。

立ち止まったコグマがまず最初に考えたのは〝お腹がへった〟でした。まだ短いコグマの人生の中で、こんなに走ったことは初めてでしたし、そのせいでコグマは体の中のエネルギーをほとんど使い切ってしまいました。でも、もう食べ物を獲ってきてくれるお父さんも、優しくいたわってくれるお母さんもいないんです。コグマはまだまだ不慣れな狩りを、自分でやらなければいけません。まず川の水を飲んで喉の渇きを潤すと、コグマは獲物を探して森の中を歩き出しました。

一番最初に見つけたのは山バトでした。コグマは草むらから様子を伺って、スキを見て飛びかかりましたが山バトは飛んでいってしまいました。
次に見つけたのはヘビでした。一度はしっぽを掴んだもののコグマの握力よりヘビの力のほうが強くて、するりと逃げられてしまいました。
ならばと今度は川に入ってコグマが大好きな鮎を狙ってみたものの、スイスイ泳ぐ鮎はすぐ逃げてしまって追いつくことすら出来ません。
ヘトヘトになったコグマが川岸に上がると、目の前をチラチラとイモリが通っていきました。アッと思ってコグマがイモリに向かって飛び込みましたが、元気のなくなったコグマのジャンプは届かず、イモリはゆうゆうと草むらへと姿を消してしまいました。

倒れ込んだコグマは、そのまま動くことが出来ませんでした。何時間も走ってお腹を空かせ、食べ物を探していろいろなところを歩き回ったのです。コグマの体力ももう限界でした。コグマは倒れ込んだ姿勢のまま、意識を失ってしまいました。

■チャックま その3

チャックま たち三人は、倒れ込んでいる小さなくまの子のところに駆け寄りました。
この世界にやってきて出会った生き物は鳥や虫ばかりでした。このくまの子は、はじめてまじまじと見るこの世界の生き物でした。しかし、ジッパンダがさわってもピクリともしません。
「死んじゃってるのかニャー」
「いや、気を失ってるだけのようだ。しかしチャックま、この子、きみに似てないかい?」
ジッパンダに言われて、チャックま は姿勢を低くしてこの子の顔をのぞき込みました。耳のかたち(まあるい)や口のまわり、目つきや毛の生え方など、見れば見るほど確かにそっくりです。ただし、もちろんお腹にチャックはついていませんでしたが。
「本当だね、ボクにそっくり…もしかして、この世界の生き物はボクたちと何か縁があるのかもしれないね」

この世界のネコやパンダを見て三人がびっくりするのはもう少し後の話ですが、この世界の動物たちとチャック族の姿がそっくりなのですから、この世界とチャック界はきっと何かでつながっているんでしょうね。だからこそチャックま たちは、この世界にやってきたのかもしれません。

「この子をどうするニャー」
ファスニャンが心配そうに訊きました。なんだか置いていくのも忍びないけど、ファスニャンはお腹が減ってきていたんです。何しろこの世界に来てから何も食べていませんでしたから。
「そうだねぇ…」

気づけば夕日はすでに地平線に沈み、夜のとばりが降り始めていました。さすがに陽が陰っても凍えるように寒いという季節ではありませんでしたが、それでも肌寒さがヒタヒタとそこまで迫ってきていました。このままこのくまの子を置いて行けば、もしかして死んでしまうんじゃないか。そんな気がして、三人はその場を離れることが出来ませんでした。

そうこうしているうちに、くまの子は徐々に意識を取り戻してもぞもぞと動き始めました。三人は対処の仕方に悩んで、取りあえず近くの木の陰に隠れて様子を伺うことにしました。

■コグマ その4

なんだか話し声が聞こえたような気がして、コグマは目を覚ましました。けれど起き上がってみると誰もいません。
「幻だったのかしら…もしかしておとうさんとおかあさんがボクのことを心配して呼びに来てくれたのかな…」
夜空を見上げると、今日は満月。真っ黒な空にまん丸いお月さまが煌々と輝いています。今日のコグマにはそのお月さまの中で、お父さんとお母さんが微笑んでいるように見えました。
「ボクも、おとうさんとおかあさんのところにいくのかなぁ…」
お腹がペコペコのコグマの願いがそんな風に見させたのかもしれません。月からこちらをのぞき込んでいるお父さんがこちらに向かってお魚を放ってくれたようにコグマには見えました。その幻のお魚を受け取ろうと、コグマが思わず手を差し伸べると…
「冷たっ!」
驚いて手を引っ込めると、手にあたった冷たいものが足元にポトリと落ちました。

それは何と鮎、本物の鮎だったんです。

あり得ないことが起きたのでコグマはどうしたらいいのか一瞬戸惑いましたが、次の瞬間にはそのピチピチと暴れている鮎にかぶりついていました。心底お腹が減っていたので、鮎がまた幻に戻らないうちに食べなきゃ、と思ったのかもしれません。コグマが頭から尾びれまできれいに食べきると、また次の鮎がポトリと落ちてきました。そうして結局五尾の鮎をきれいに食べて、コグマはすっかり満足しました。

お腹が一杯になったら今度は猛烈な眠気がコグマを襲いました。無理もありません。体力の消耗に加え、心労も重なって小さな体には抱えきれないほどの疲労が溜まっていたんです。
少しでも何か拠り所になるところで寝ようと近くの大木の根本に倒れ込んだ途端、コグマは小さな寝息をたてながら深い眠りに落ちていきました…

…『大丈夫だよ、心は体から自由になるだけで、いつでもコグマのことを見守っているからね』…
………おかあさん……

「夢…?」
燦々と射す陽の光が眩しくてコグマは目覚めました。夜中に一度も目をさますことなく、昏々と眠ったコグマ。気づけば陽はずいぶんと高くなっていました。考えてみれば一人で朝起きたのは初めてでした。いつもは夜明けと同時にお母さんが優しく起こしてくれていたんです。今日はお寝坊してしまいましたが、残念ながら怒ってくれるお父さんももういないのでした。

気を取り直して身を起こし、少し遅くなったとは言え十分に澄んだ朝の空気を思いっきり吸い込みました。
「気持ちいいなぁ」
雲ひとつない空に輝く陽の光に、森の木や草の緑がキラキラ輝いています。小鳥たちがピィピィと鳴きながら木から木へと飛び交っています。川の水もサラサラと穏やかに流れています。
「昨日もこんなにきれいだったかしら」
疲れと空腹で周りが全く見えていなかった昨日のコグマ。でも今は周りの風景を見てなんだか元気が出てきました。
「ボクは生きてる!生きてるんだ!そうだ、おとうさんもおかあさんも心だけになっちゃったけど、きっとボクのことを見守ってくれているんだ!だからきっと寂しくなんかないぞ!」
そう思ってコグマが周りを見渡すと、なんだか森全体が暖かく手を差し伸べてくれているように見えました。

「今日からまたよろしくね!」
森の木々に挨拶をしたコグマが、寝床になってくれた大木にもお礼を言おうと振り返ると…不思議なことにそこには木なんてありませんでした。

コグマが寝ていたのは大木の根元なんかじゃなく、大きなくまの膝の上でした。しかもそのくまのお腹には、大きなチャックが付いていたんです。
「これは…いったいなんだろう!?」

■チャックま その4

「ボクも、おとうさんとおかあさんのところにいくのかなぁ…」
そのつぶやきを聞き、月に伸ばした小さな手やお腹が減った様子を見た時、チャックま たちはこの小さなくまの子に起こった出来事がなんとなく想像できました。三人は顔を見合わせました。この、チャックま にそっくりな動物を助けてあげよう。そんな共通の気持ちが芽生えていました。

チャックま が一人で木の陰からそっとくまの子に近寄ると、やおらお腹のチャックに手をかけてグイッと引き下げました。すると!チャックの中から元気な鮎が何匹も飛び出てきたんです!

もともとチャック族のお腹のチャックは、誰もいらないゴミを入れておく場所でした。入れたゴミはいつの間にかどこかに消えてしまうので、お腹から何かを出すことはほとんどありません。ジッパンダやファスニャンのお腹のチャックは、まさにそんなチャックです。
ところがチャックま のチャックだけはなぜか違うんです。いつもはみんなと同じようにゴミを入れるために使っていますが、何かの拍子で本人が意図しないようなものが出てくる時があるんです。ある時はお花、ある時は動物、ある時は機械だったり、またある時は食べ物だったり、という具合で、何が出てくるのかは開けてみるまでわかりませんでした。

でも今日は運よく、その子の食べ物にぴったりの鮎が出てきたんです。そこでチャックま は、その小さなくまの目の前に鮎を放ってあげました。すると次々とそのくまの子は鮎を食べていきました。ホッとしてチャックま は二人のいる木の陰に戻りました。
ところがその小さなくまの子は、チャックま たちの姿に気づいた様子もないのにフラフラとこちらに向かってくるではありませんか。そして凍りついたように身動きもせずに見守っていた三人の近くまでやってくると、木の根元に座り込んでいたチャックま の膝の上にばったりと倒れ込みました。

シーーーーーーン……
しばらくは誰も動きませんでした。三人はチャックま の膝の上の小さなくまの背中をただただ見つめていました。

と、気づけば「クーー、クーー」と小さな寝息が聞こえて来て、三人はやっとこの小さなくまが寝てしまったのに気づいたんです。チャックま はそーっとその小さな背中に手を当ててみると、寝息に合わせて身体が上下に揺れていました。
「寝ちゃったみたい…」
チャックま は小さな声で二人に言いました。
「どうする?これじゃチャックま は動けないニャー」
ファスニャンも心配そうです。
「よく寝てるから、少し動かしても起きないだろう」
ジッパンダは冷静に答えました。
「オレがこの子を抱えて持ち上げるから、チャックま は足を避ければいいよ」

当のチャックま はその背中に優しく当てた自分の手を離すことが出来ませんでした。この出会ったばかりのはずのくまの子を見て触っていると、今まで自分が大事にしてきた人やモノや思い出と同じかそれ以上に、大事にしなければいけないような気がしたんです。

「大丈夫だよ、ボク」
急にチャックま は言いました。
「このままこの子を寝かしておいてあげよう」

ジッパンダとファスニャンはギョッとしました。
「じゃあどうするニャー、チャックま はチャック界に帰らないつもりかニャ!」
「この子が起きたら帰るけど…朝まで起きなければこのまま朝までここにいるよ」
チャックま は言いました。
「二人はチャック界に帰っていいよ、大丈夫だから」

ジッパンダはその様子を見て、チャックま はどうやら本気らしいことがわかりました。いつもは優柔不断で臆病なチャックま がきっぱりと言ったのです。内心ため息を付きながらも友だちとしてサポートすることにしました。
「そうか…わかった。家の方には心配しないように適当に伝えておくよ」
帰り支度をしてファスニャンの背中をポンポン叩きました。
「明日、早めにこの辺りに来ることにするよ。でも、無理するなよな」

ジッパンダとファスニャンはチャック界に帰っていき、チャックま だけがくまの子と共に残されました。

いつもはどこかで一人になると、ものすごく不安になる心配性のチャックま でしたが、今日はそんな感じはしませんでした。このくまの子と一緒にいるからなのか、自分の気持に変化が生まれたからなのか、それはよくわかりませんでした。

「夜も、この世界はなかなかきれいだなぁ…」
正面に見えるまあるいお月さまに照らされている山や森や川を見ながらチャックま はつぶやきました。そして、膝の上の小さな体の暖かさが気持ちよくて、いつしかチャックま も夢の世界へと入っていきました。

■出会い その1

そのお腹にチャックが付いたくまは、どうやらまだウトウトしていてコグマが起きたことにも気づいていないようです。
「これは…まちがいなくクマみたいだけど…こんなお腹、初めて見たぞ!」
コグマは近づいてその大きなチャックをマジマジと見ていて、そのくまが目覚めたのに気づきませんでした。

「おはよー」
頭の上から急に挨拶をされて、コグマはビックリしました。
チャックを上の方にたどっていったその先に、まだ少し眠そうな、でも優しそうな顔がにっこり笑っていました。どうやらこの顔から挨拶をされたようです。
「お、おはよごz○△✕…」
突然の挨拶に戸惑ったコグマは、いつもなら元気に言える挨拶すら口の中でモグモグとしか言えません。
「ボクね、チャックま って言うんだよ。君は?」
「こ、コグマ」
ここでコグマは気を取り直しました。そうだ、これから一人で生きていかなきゃいけないのに、挨拶もまともにできないようじゃ、お母さんもお父さんも悲しむぞ。
「ボクはコグマって言うの。はじめまして!」
今度は大きな声で言えました。大きな声で挨拶が出来たら、自然と背筋が伸びて、コグマの気持ちもお空と同じように気持よく晴れました。
「そうか、はじめまして!」チャックま も応えました。

よっこいしょっとチャックま は立ち上がりました。
「わぁ、チャックま さんは大きいねぇ」
コグマは感心したように言いました。お父さんも相当に大きいくまでしたが、立ち上がったチャックま はそれ以上に大きく見えました。
「そうかなぁ…朝ごはん、食べようか」
チャックま はそう言うと、チャックの取っ手に手をかけて少しの間目をつぶりました。そしてチャックを開くと中から鮎を2尾と、立派な鮭を1尾取り出しました。それを見ていたコグマはまたビックリです。
「なんでお腹からご飯が出てくるの?」
そう訊かれると、チャックま も困ったみたいでした。
「さぁ、実はボクもあんまり良くわかってないんだけどね…一所懸命に念じると出る時もあるの。でも出てこない時も結構あるんだけど…」
本人すらよくわかっていないような説明で、コグマにはもうちんぷんかんぷんです。でも出てきた食べ物はもちろんありがたく食べることにしました。二人は座り心地のいい斜面を選んで仲良く並んで座ると、朝ごはんを食べました。
そこでチャックま はこの世界のことをコグマにいろいろと聞きました。
「ここには山があって川があって森があって…くまが何頭かとたくさんのウサギさんやシカさんやイノシシさん、リスさんやネズミさん、それに鳥や魚が住んでいるんだよ」
コグマはお母さんに教わった知識と自分の体験を一生懸命に伝えます。
「チャックま さんは大人なのに何も知らないんだねぇ」
そこでチャックま は、そのうち戻ってくる仲間たちのことやチャック族のこと、住んでいるチャック界の説明をしました。とは言え、見たこともない世界のことです。話を聞いてもコグマには何のことだか全然理解できませんでした。でもそうやって一生懸命説明してくれるチャックま の様子を見ていたら、コグマはチャックま のことを知らず知らずのうちに好きになっていました。もしかしたらいろいろ教えてくれたお母さんに似ている気がしたのかもしれませんね。

二人がそうやってお話をしながら朝ごはんを楽しく食べ終わった頃、何にもない空間にフワッと巨大なチャックが現れたかと思ったら、そこからジッパンダとファスニャンが現れました。
「おはよう」
ジッパンダがチャックま とコグマに声を掛けました。

■出会い その2

チャックま の説明を聞いていたので、その二人がチャックま の友だちだということがコグマにはすぐわかりました。同じようについているお腹のチャックを見れば一目瞭然でしたし。チャックま がそれぞれの紹介をしました。それからみんなは取りあえずゴロゴロしながらおしゃべりをしました。何しろ気持ちのいい日差しでしたから、のんびりと日向ぼっこをするには最高の日でした。

「この辺の食べ物はどうなのかニャー」
さっそくファスニャンがコグマに訊きました。ファスニャンはこちらの世界に来る前に朝ごはんを食べたはずですが、昨日からこの世界の食べ物事情が気になって仕方がなかったんです。
「ボクはお魚とか小さいトカゲをよく食べるよ。おとうさんやおかあさんはシカさんみたいなもう少し大きな動物も獲ってきたけど、ボクには大きすぎて。お魚は上手くやればそこの川でもたくさん獲れるよ。あと樹の実はもう少し暖かくなって来たら、いろいろなものが採れるっておかあさんが言ってた」
「食べ物たくさんあるのかニャ!教えてくれればこの世界の食べ物も食べてみたいニャー!!」
ファスニャンはコグマの話を聞いて大興奮。いろいろ食べてみたいものが増えて、なおさらこの世界が好きになったみたいです。
「おとうさんとおかあさんが生きてたら、もっとたくさん教えてあげられるのにな」
コグマは残念そうに言いました。

お昼が近づいてきて太陽が高くなってきたので、気温が少し上がって少し暑いくらい。でもみんなが寝転んでいる草原には先ほどからそよそよと風が吹きはじめました。「気持ちがいいねぇ」みんなは口々に言いました。

「そうか、コグマは一人きりなのか」
ジッパンダがコグマの話を聞いてうなずきました。昨日様子を見ていてみんなが想像した通りでした。
「その人間ていうのはひどい奴らだな」
「うん、ボクのおじいさんも人間に殺されたって言ってたよ。でもおかあさんは人間に近づかなければ怖くないとも言ってたんだよ。おとうさんとおかあさんは分かっていたのに、なんで近づいちゃったのかな」
「そうだね、難しい問題だね…ボクたちも当面は人間たちに近づかないように気をつけよう」
チャックま が言いました。実はチャックま たちが他の世界に出かけていって、その世界の人間みたいな存在に出会っても不審がられたことはありません。ですので人間に会うこともそれほど心配していませんでした。でも友だちになったコグマの気持ちを考えて、この世界ではしばらく人間には近づかないことにしました。
「おとうさんとおかあさんは死んじゃったけど、ボクたちもいままでウサギさんやシカさんやイノシシさんを殺して食べてきたから…しかたないのかもしれない」
コグマはお父さんとお母さんがいなくなってしまったことを、何とか納得しようとしているようです。

「ところで」ジッパンダが話題を変えました。「コグマはチャックま にそっくりだけど、どうしてだろうね」
「ボクにはそっくりって言われてもよくわかんないけど…ボクとチャックま が似ているとしたら、ボクのおとうさんとおかあさんにも似ていると思うしなぁ。くまとチャックま が似ているっていうことかなぁ」
コグマは自分の知っている精一杯の知識で考えて言いました。
「ジッパンダの姿のことはわからないけど、ファスニャンの姿は猫に似ているよ」
「ネコ!?それはどんな動物ニャー!」
「すばしっこくて、身体がやわらかいの。木の上とかにすぐ登っていっちゃったりするの」
「なんだかファスニャンの日頃の行動に似てるな」
ジッパンダが笑いました。ファスニャンも高いところが大好きだったので、昨日もチョコチョコ木登りをしていたのです。
「この辺りにも時々いるから、みんなもすぐ会うと思うよ」
コグマも笑って言いました。

ファスニャンを筆頭にこの世界のことをもっと知りたくなった三人は、今日はお仕事を(一応)お休みということにして、コグマと一緒に森の中を探検することにしました。コグマも住んでいた丘以外の場所のことはそれほど詳しくありませんでしたし、チャック族の三人はもちろん何も知りませんでしたからね。

いい天気でポカポカ陽気、気持ちのいいそよ風が吹いている今日は絶好のお散歩日和。あちらの樹が気になれば寄っていって樹の実を調べたり、川があれば入って魚を獲ってみたり。チャックま が転んでひっくり返るとお腹からりんごが出てきた時もありました。(もちろんみんなで美味しくいただきました。)気ままにその辺りを散策してみると、この辺りは本当に良い場所だということが分かってきました。

「景色もきれいだし、何より草の香りが気持ちいいねぇ」
「これからはここを拠点に仕事したり遊んだりしてもいいな」
「食べ物もたくさんあってウマいのがいいニャー!」
そんなことを言っていると、気づけばアッという間に夕方になっていました。そして一日一緒に過ごしたお蔭で、もうずいぶん昔から四人の仲間だったような気がするほど仲よしになっていました。

「さて、そろそろ帰るか」
ジッパンダがみんなに声を掛けました。
「コグマはお家あるのかな?」ジッパンダが言うと、
「この辺りが全部お家みたいなものだから」とコグマは答えました。
「本当に?」チャックま がコグマの顔を覗き込んで訊くと、コグマはコクリとうなずきました。
「明日またここに来るから、一緒に遊ぶニャー」ファスニャンは楽しそうに言いました。

チャック族の三人が難しそうな顔をして何やらブツブツ言っていると、朝と同じようになにもない空間にフワッと大きなチャックが現れました。
「じゃあ、またね!」
ジッパンダとファスニャンがチャックの中に入っていきました。最後チャックま が振り返って、コグマのことを少しだけ長く見つめてから中に入ると、大きなチャックは勝手に閉じました。そして、何事もなかったかのようにフワッと消えました。

■エピローグ

三人がチャック界に帰ると、あとにはコグマが一人残されました。

「…帰るところがあっていいな」
コグマがさっき『この辺り全部がおうち』と言ったのは強がりでした。
帰る場所がないと答えるのは弱気な気がしたし、そんな風に言えばみんなが帰り辛くなると思ったからです。
でもみんながいなくなると、一人になったコグマは寂しさでいっぱいになってしまいました。考えてみれば前の前の夜まではお父さんとお母さんと一緒に寝ていたし、前の夜はチャックま が膝を貸してくれました。一人で夜を過ごすのは、生まれて初めてだったんです。
「でもこれからは、こうやって一人で夜を過ごさなきゃいけないんだぞ」
コグマは自分に言い聞かせるようにつぶやき、手近な樹の根元にうずくまりました。

「なぁに、寝てしまえばすぐ朝が来るし、朝が来ればまたみんなが来てくれるよ」
今度はもう少し大きな声で言いましたが、その言葉とは裏腹に心細さが顔に現れていました。目をつぶると血に染まったお父さんとお母さんが寝ている姿を思い出してしまって、慌てて起き上がりました。
「おとうさん…おかあさん…」
泣いちゃいけない、一人で生きていくんだから。そう思えば思うほど、涙が出そうになります。考えてみればコグマはまだまだ本当に小さなくまの子で、一人で生きていくなんて難しかったんです。
これ以上一人でいたら涙が止まらなくなりそうなその時、何にもない空間にさっきのチャックが現れて中から誰かが出てきました。それはチャックま でした。
「どうしたの?忘れ物?」コグマがビックリして言いました。驚いた拍子に涙は引っ込んでしまいました。
「ゴメンゴメン、ちょっと家族に話をしていたら遅くなっちゃって…ボク、ここに住むことにしたんだ」
チャックま は言いました。
「そろそろ独立しなきゃいけなかったから、いいタイミングだと思ってね。よければコグマも一緒に住もうよ」
チャックま は一心不乱に何かを念じていると思ったら、やにわにお腹のチャックに手を突っ込むと、エイヤッとばかりに巨大なモノを引っ張り出しました。地響きを立てて地面に着地したものをよく見ると、なんとそれは人間の家でした。ログハウスだったんです。
「これはチャック界の家とは違うなぁ。この世界の家かしら」
チャックま が言うと、コグマがこの世界の人間の家はこんな形だよ、と教えてあげました。納得して家の中に入ると、そこには大きなベッドと小さなベッドが並んでいました。ふかふかの布団が引いてあって、もう寝るばかりになっています。

「寝る前にお風呂に入った方がいいんじゃないかな」
コグマが言いました。その家にはお風呂もちゃんとついていました。
「今日はいろいろとありがとう!」一緒にお風呂に入って、コグマはチャックま の背中をゴシゴシこすってあげました。コグマに出来る、精一杯のお礼でした。
二人ともお風呂でポカポカにあったまりました。すっかり気持ちよくなってチャックま はベッドに入りました。
コグマはそれを見ていましたが「ボクは床で寝るよ」と言いました。今まで地面にじかに寝ていたので、コグマにはベッドは逆に落ち着かなかったんです。
そこでチャックま は、どこからかふかふかの床敷マットを出してきて敷いてあげました。直接板の間に寝るよりもずいぶん暖かそうです。コグマはよろこんでその上に寝転びました。
「草の上みたいにふかふかで気持ちいい!」
横になったコグマの上から、チャックま は薄手の毛布を掛けてあげました。
二人は『おやすみ』を言い合って眠りにつきました。

横になったまま、コグマはジェットコースターのようだったこの二日間を振り返りました。さっき一人でお父さんとお母さんを思い出した時の辛さは、不思議と今度は感じませんでした。逆に、お父さんとお母さんの〝心〟が近くにいる、そんな気配を感じました。
お母さんが教えてくれた事に間違いはありません。お父さんとお母さんの心は、きっと今でも見守ってくれている。コグマはうなずきました。
「おとうさん、おかあさん…チャックま たちは優しいよ。だから心配しなくても大丈夫だよ」

ログハウスの大きな窓からは、今日もまあるいお月さまがよく見えています。その光に包まれて、今日のコグマは安心して夢の世界に落ちていきました。
コグマがチャックま たちと過ごした最初の一日は、こんなふうに終わりました。

つづく


■ご協力 出版社様 募集中!

この物語を広めていくために、ご協力いただける出版社様を探しております。
原稿のブラッシュアップに協力してやろう、出版を考えてみたいなど、ご検討いただけるようでしたら、一度お話しをさせていただけたら幸いです。お気軽にお問合せページからご連絡くださいませ。


■続編    鋭意執筆中!

「チャックがほしい」
コグマもチャックが欲しい!コグマの冒険が始まる。
「チャックま とジッパンダ」
二人は幼なじみ。友だちになった時の思い出話。
「チャックま のチャック」
チャックまだけが持つ不思議なチャック。原因は昔の大事件でした。
「届いた手紙」
ある日届いた手紙を読むと「いつもゴミ拾いありがとう」と。
「チャックま 人間界に行く」
やんごとない事情から人間の住む町へ。でも騒ぎにはならないんです。
「人間の少年と出会う話」
人間の少年と出会ったチャックま たち。人間との友情。
「コグマ、チャック界へ」
コグマがついにチャック界へ。そこは不思議がいっぱいで…。
「チャックま たち、駆り出される」
ある世界で大量のゴミが発生。チャックまたちも駆り出されます。
「ファスニャンの謎」
ファスニャンが小さい頃、放浪の旅に出た両親。それ以来ひとりぼっち。
「意地悪ヒツジッパー」
ヒネてて素直じゃないヒツジッパー。でも友だちになりたいんだ。
「保安官ジッパト」
いつもから騒ぎばかりのジッパト。でも今日ばかりは本当の事件に遭遇。
「ゴミ魔神登場」
ゴミをボロボロ落としながらそこらを歩き回るチャック族?その正体は。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

Copyright(c) 2011- 2019 tomoart All Rights Reserved.